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「ウドン山の大仏」

​カンダル州、古都ウドンの山に伝わる大仏のお話です。

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プノンペンから北へ45キロのところにウドンの街があります。 

ここにはかつてカンボジアの首都が置かれ、ウドン山には歴代の王さまのお墓が奉ってあります。

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むかしむかし カンボジアのはるか北部で広大な土地を治めていた中国がインドシナへ使節団を送りました。そして使節団はカンボジアの都、ウドンを訪問しました。

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中国の使節団はこの地域の一帯を見渡すことのできるウドン山に登りました。

そして使節団の中にいた易者(風水師)が驚くべき発見をしたのです。

なんとウドン山には龍の洞窟が2つ開いているという事を発見したのです。

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「龍の洞窟」とは霊験あらたかな洞窟のことで、龍が一方の洞窟から山の中に入り、もう一方の洞窟から山を出てゆくと、その地は大変栄えるということが信じられていました。

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中国の使節団は自分たちの国よりもカンボジアの地が栄えることを好ましく思いません。

もし龍がウドン山にやって来て二つの洞窟をくぐり抜けると、カンボジアが中国を脅かすような強大な国になってしまうのではと心配したからです。

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なんとか良い策はないかと思案をめぐらせました。

そして使節団の代表はウドンの人たちに訪ねました。「この土地の人々はどんな神様を信仰していますか?」

訪ねられたウドンの人はこう答えました。「この土地の者は皆仏教徒です。仏さまを信仰しています。」

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そこで使節団はウドンの人たちのために大きな仏像を作ることにしました。その大仏で一方の洞窟をふさいでしまうという事を思いついたのです。 

これでもし龍がこの地にやってきたとしても、二つの洞窟をくぐり抜けることができなくなります。

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しばらくして大仏は無事完成しました。

「こんなに大きく立派な仏さまを作ってくれてありがとうございます」と、ウドンの人々は中国の使節団に大いに感謝しました。

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大仏で霊験あらたかな洞窟をふさいでしまった使節団は、「これで中国がカンボジアにおびやかされることはないだろう」と安堵して中国に帰っていきました。

 

そんなことからウドン山に大仏が祀られるようになりました。

 

おしまい

【解説】
カンボジアの首都は現在プノンペンですが、そのひと時代前(1618年から1866年まで)はウドンがカンボジアの首都でした。日本の江戸時代と大体同じ時代にカンボジアの政の中心はウドンにあり、朱印船貿易のころには日本人町もあったそうです。

この大仏はウドンが首都として栄華を誇っていたころよりも数百年前の13世紀〜14世紀建立され、物語に出てくる"中国”とは、明朝、あるは元の使節団と思われます。
 
この寺院は何度も改修が行われいて、床下からは初期の13~14世紀のレンガや柱、1911年の改修時のタイルなどが層になっています。

ここの研究調査を当たっていた方にお会いした際に、「カンボジアの仏像のおおくは東を向いているが、この大仏は北、つまり中国の方を向いて座しているのがとても興味深いねぇ」と語ってくれてました。

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『ウドン山の大仏』

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